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高校の「古典」は選択性に
今日、ある韓国人のに出会いまして日本語が片言だけど会話ができるくらい話せました。

日本に住んでる韓国人は日本語がうまいので、さほど驚きでもないのですが、日本語をいつどこで勉強したのかと聞くと、高校のとき3年間だけ勉強したそうな。(その韓国人の年令は30歳前後)

うーーーん、やはりか。

高校のときから日本語の勉強をしてる韓国人は少なくなく、高校から大学にかけて勉強したのちワーホリで来る人は多い。

強調したいのは、高校から日本語を勉強しているということだ。

日本のどの高校に韓国語の授業がとれるであろうか?

英語が小学校から必須にとかでニュースになってる場合ではないのである。

どうせなら1年生から初めても早すぎることはない。


高校のときから日本語の授業がとれるというのは、何も韓国だけではない。台湾やタイもそうである。


このままいけば日本の40年後は人口が1億人を保ってはいないのである。(人口将来推計)そんな中で、日本語だけで日本だけで通用すると思ったら大間違いである。よく社会保障などフィンランドなど北欧がとりあげられるが、教育についても習うところが多いのではないか。フィンランド人に英語が話せない人はいない。フィンランド人の友人に学校教育を聞くと、小さいころから数学などはフィンランド語ではなく英語で授業が行われてるそうな。なぜなら、フィンランドにある大学だけじゃなく、世界の大学で授業が受けられるようにとのこと。子供のころから「世界」を見据えて教育であり、より多くの選択を与えようということでもある。


日本でも高校から第二外国語の授業を薦めるべきだ。


そこで、一つ提案がある。

高校の古典の授業を第二外国語の一つとして選択制にしてはどうだろうか?


現に米国ではラテン語を外国語の一つとして選択的に授業をとれるようになってるところが多い。

古典はたしかに日本語の基礎であろうが、中学から高校にかけてまで強制的に学習させることよりも一つでも多くの言語と接する機会を設けてあげるほうが、これからの社会には大事ではないだろうか。古典は中学でおえるなり、国語の授業の一部として代用することもできる。

さっき検索して見つけたブログであるが、このブロガーの意見に賛成である。

Blog of Kensuke Yamazaki. Ver. 2.


この言語の習得の大切性は普段外国人に接してる人たちは、せつに思ってるのではないだろうか?

シェアハウス経営の手本にもしてきたシェアハウス国際交流協会の近藤さん(いまは東京都東久留米市議員になられたが)も同様のことをブログで伝えてる。

民主党 東久留米政策委員 近藤せいじのオフィシャルブログ 


子供のことは子供手当てだけではなく、将来どのような人を育てるかという視点を持って教育を考えていかなければいけない。顔の見えない教育委員会だけに任せてはいけないと思うが、みなさんはどうお考えでしょうか?




| From Boss | 04:28 | comments(0) | trackbacks(0) | -
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